Cross 3




別れよ――

次の日。

忍足は跡部に久しぶりに会った。

その一言をいう為に…。

「何いってんだ?忍足」

冷静さが跡部から失われていく。

「お前…、自分が何を言ったか…、分かってんだろうな?」

「そんな自分、…見られるとは思わんかったわ…」

普段は冷静な跡部が本人が分かるくらいに動揺していた。

跡部が冷静でなくなる度に目の前の忍足は不思議と冷静でいた。

何故、そんな言葉を言われなければならないのか。跡部は考えていた。

ただ…一つを除いて。

「千石だな。あいつのせいなんだろう?」

ぐいっと跡部は忍足の腕を掴む。

逃がさないために…。

今日こそはきっちりと話をつけてやろうと思った。今までの分を――…

「何をされた。まさか…!」

跡部の脳裏に嫌な予感が巡る。

今までも最悪のことを考えたりもした。もしかしたら。と…。

でも千石に限ってそんなことするはずないと思った。

忍足は関係ないはず。なのだから…。

跡部らしくない顔色を浮かべている彼を冷めた目で見つめる忍足。

「…お前と千石の間に何があったんかは別にどうでもいいんや。ただ…これが事実なんや…」

掴まれた腕を振り解くと、忍足はそのまま歩く。

「待てよ、俺は何も返事してねーぞ!」

「返事はいつでもええから…でも…俺は考えを変える気はあらへんで」

忍足はそう言って、跡部の前から立ち去った。

「忍足っ!何故だよ!くそっ!」

跡部は誰もいなくなったその場に行き場をなくした想いをぶつけた。

授業が終わると、跡部はすぐに席をたった。

気分は最悪で、優れないが部活にはきちんと出なければならなかった。

部長なのだから。



「やぁ。」

校舎を出ると、知り顔に合う。千石だった。

懐かしい…とはいえない。むしろ怒りさえも覚えてくる顔。

この男が現れたせいで忍足との関係が悪化したのだから。

「何のようだ?忍足ならいねーよ」

千石は忍足に密かに会っている。

密かにといっても跡部にはすでに知られていたが、

忍足の名を出したのは半分嫌がらせのつもりだったのだった。

「今日はね。跡部君に話があるんだけど」

人なつこい笑みをこぼす千石。

しかし、跡部もその表情に隠れた顔を知っている。

「ふっ。いい度胸だな、千石。今更、この俺に話だと?」

跡部の眉がピクリと動く。千石はニコニコしている。

「俺と忍足君のこと…知りたいでしょう?それとも…怖いのかな?」

千石は挑発するように笑みをこぼした。

跡部はキッと千石を睨むと、そのまま千石と校外へと出た。



「どこまで行くんだよ」

千石のあとについていくように歩き続ける二人。

その最中にも跡部は監督に電話をした。

部活には出られない旨を伝えるために。

あっさりと榊は了承してくれたが、跡部の胸中は複雑だった。

「別に君の学校でもよかったんだけど、見つかったら大変だろうと思ってね」

千石は振り向くと、そのまま、跡部にキスをした。

跡部は一瞬、顔を歪ませると千石を振り払った。

「て……てめぇ…何を……」

「何をって…俺と忍足君のこと…教えてあげようと思って…」

千石は跡部の手首を掴む。

「本当に忍足君って可愛いよね。君に心底惚れてるよ」

ニコニコと笑みをこぼす千石。その物言いが徐々に跡部には腹が立ってくる。

「忍足を……」

千石は顔を近づけながら、口元を微かに歪ませた。

「最初はさぁ、君へのあてつけだったんだけど…気に入っちゃったんだよね。」


あの忍足君の…身体――

跡部の鉄拳が宙を飛んだ。

しかし…。


バシッ


「残念」

千石は難なく跡部の鉄拳を片手で受け止めた。

「君に迷惑かけたくないみたいでさ、…俺とのこと秘密にしてんだよ。可愛いだろう?」

「……らだ…?」

「ん?」

ボソッと跡部は口を開いた。

「いつからだ。忍足に無理強いをしたのはっ!」

跡部は千石をボコボコにしたい気持ちを押さえていた。

「怒ってる君も可愛いよ、跡部君♪」

「話をはぐらかすなっ!」

イライラする。押さえ切れない。

「…ひとついうけど、忍足君…今は自ら望んで俺に抱かれてくれてるよ…
俺に惚れちゃったのかな?それとも…俺と相性がいいのかな…」

「千石っ!!」

怒りが頂点に達し、跡部は千石の首根っこをつかんだ。

「君らしくないね。そんなに彼のことが大事?そうだ、今度3人でセックスしない?…」


――楽しいかもよ…こんな風に――


千石は跡部の耳たぶを軽く噛む。

怒りで高ぶった身体がすんなりと千石が入り込み、身体と意識が混濁する。

「や……やめろ……千……」

千石はうるさい口を塞ぎ、自らの舌を絡ませた。

「ん、…ん…ん……」

跡部は千石に口を犯されながら、

無意識のうちに染み付いた千石の温もりを思い出していた。



『跡部君…俺達、結構合うじゃん…』

身体を重ねながら、そう言った千石の言葉。

『お前だけじゃねーの?』

『ねぇ、俺達恋人同士だよね?』

千石の息が顔にかかるたびに身体が熱くなる。

『俺はなった気ねぇー』

『だから言ってるでしょ。認めさせるまでセックスするって…』

冗談めいた会話。どこまでが本気でどこからが冗談だか分からない。

跡部君…君とのHが一番気持ちいいよ

千石がおどけながら、そう言ったのを覚えていた。


「はっ…や、、、やめろ、、、千・・・」

跡部は路地裏で千石の執拗なまでのキスを受けていた。

忍足に【別れよ】の一言を突きつけられた後、

千石に忍足との関係を教えてやるといわれ、ついてきた。

もちろん、断ったとしても、校内で何をされるかわからない。

それを考えると素直についていった方が利口だと思ったからだ。

忍足と付き合い始め、彼を抱くようになって心は常に忍足を求めた。

しかしだ。こうして千石にいい様にされて、身体が熱くなる。

二人の関係が終わりを告げたというのに、そんな風になる自分の身体に跡部はムカついていた。

「ほら、身体は正直だよ。いくら君が忍足君を好きだといっても、身体は俺を求めてる」

千石は唇を少し離す。二人の絡まった唾液が糸を引く。

「離れられないんだよ…俺も君も…その証拠に…感じるでしょ?」

千石は耳元でささやきながら、静かに首筋へと唇を移動させた。

跡部の身体がビクンと震えると、千石は笑みをこぼした。

「ふ……ふざん…じゃ…ねぇ!…」

身体から伝わる快感を押し殺し、跡部は千石の髪をつかむと体から引き離した。

「そんなこと…お前が・・決めることじゃ…ねぇ…。俺が…アイツを選んだんだ…」

跡部は千石を睨みながら、揺ぎない忍足への想いをぶつけた。

一瞬、千石の動きが止まり、彼の表情から笑みが消えた。

「へぇ…言うね、跡部くん。じゃぁ、俺に抱かれた忍足君を君は…抱けるの?」

「そんなの関係ない…」

そうは言ってみたものの、正直自信はなかった。

でも…忍足とは離れたくなかった。その気持ちだけが、今の跡部を支配していた。

「ふ〜ん…じゃぁ…がんばってみなよ…俺も諦めないよ…」

千石は意地悪そうに静かに言うと、跡部から体を離し、そのまま去っていった。

跡部は小さくため息を吐くと、その場に力なく滑り落ちた。


―――忍足――…――


そして…跡部は意識を失った…。






「ん…」

跡部は気持ちのいい感触といい香りで目が覚めた。

「目が覚めたようだな」

体を起こし、声の先に顔を向ける。そこには榊監督がいた。

よく見ると、跡部は榊のものと思われるガウンに身を包んでいた。

手には湯気の立つ二つのティーカップとポットを載せたトレーを持っていた。

「監督?ここは……」

「私の家だ。お前の様子が変だったのでな。失礼だが、後をつけさせてもらった」

ベッドサイドの台にトレーを置くと、監督は側にある椅子に腰掛けた。

「では……」

榊はカップを手にし、紅茶を口にした。跡部も同じように紅茶をすすった。

「お前と忍足のことは何となくだが気づいていた。が、千石とのことも知っている」

「…監督…すみません、ご迷惑をおかけして…」

跡部は素直に謝った。

榊は顔色を一つ変えず、紅茶をまた一口と飲む。

「跡部、…私はお前が誰と付き合おうがかまわない。
だが…お前は氷帝学園の二百人の部員の頂点に立つ部長だ…。
もしも、これでテニスに支障が出れば、お前や関係者である忍足さえも
レギュラーから外すことになる。いいな……」

跡部を射抜くような榊の視線。

跡部は一言、分かっています。

といった。監督のすすめで一晩泊まることになった跡部だったが、寝付けずにいた。




次の日。

跡部は榊にお礼を言うと、先に学校へと向かった。

教室へ向かうでもなく、そのまま部室へと足を運んだ。

鍵を開け、ジャージに着替える。千石につけられた跡が生々しく残る。

そこへ。

ガチャ

忍足が入ってきた。一瞬、忍足は跡部の体を見て顔を強張らせた。

「おはよーさん、跡部」

「あぁ…」

気まずいような雰囲気に二人は何もいわずに黙々とジャージに着替えていた。

「忍足、後で話がある」

跡部はそういうと、先に部室をあとにした。

一人残された忍足だったが、跡部の体に残る跡に正直驚いていた。

どうして…?

そんな不安な気持ちさえ、忍足の心に深くのしかかってきた。

忍足は気持ちを切り替えようと頭を振った。

それでも…。跡が気になっていた忍足だった・・・。



その日の朝練は無事に何事もなく終わった。

部室には誰もいなかった。二人を除いて…。

部室には着替え終わった忍足と跡部が少し距離を置いたまま、立ち尽くしていた。

「何や、話って…」

一番に声をかけたのは忍足だった。

しかし、話。大まかに予想のつく話。

正直、そんな話、話題にしたくなかった。だが、ケリをつけなければならない。

二人が幸せになるために…。

「千石のことだ…」

跡部が一言そう告げると、忍足の鼓動は大きくなった。

「…その体のあと…千石が…?」

聞かなければよかったと後悔する。

それでも、確かめたかった。

千石と跡部の関係は終わりを告げたのに、跡部には誰かのキスマークの跡が残っている。

真っ先に思い浮かぶのはやはり、千石しか見当たらなかった。

「…昨日…、千石にあった」

跡部は淡々と言葉を声にのせる。

その言葉に忍足の鼓動はさらに激しさを増した。

「隠し事は止めようぜ、忍足。全部千石が話してくれたぜ。お前…千石に……」

さすがに跡部はそれ以上は言えずにいた。いえなかった。

「…バレてしもうたんか……ま、隠し通そうなんて無理だと思ったんや」

忍足は軽く笑みを浮かべた。

「ふざけるなよ、忍足。何で…黙っていたんだ?」

「わからへん?」

忍足は小ばかにするように跡部を見た。

遠くで始業ベルの音が鳴り響いていた。

「言わなきゃ、わかんねぇーだろ。お前、千石に無理やりされてるんだろう。なら…」

その真剣な跡部の視線を射抜き、忍足は軽くフッと笑った。

「おめでたいな。ほんまに…俺はそんな跡部が思っているほどの人間じゃあらへん。
俺は…お前を騙して…裏切ったんやで…」

忍足はシャツのボタンを外すとそのまま、シャツを脱いだ。

肩から胸を露にさせた忍足の身体にはまだ、痛々しく残るキス跡。

跡部は唇を噛みしめ、その跡をジッと見つめた。

「…昨日もその前も…俺はあの男と抱き合ったんや…俺の意思でっ!それに……」

忍足は再びシャツを着ると、跡部の方に歩み寄った。

「自分も…俺を…裏切ってたんやろ…?」

勢いよく、跡部のシャツをわしづかみ、引っ張った。

シャツのボタンが飛び散り、跡部の肌がさらされた。

そこには忍足同様に、跡がたくさん残っていた。

「…忍足……お前は…――」

引き裂かれた跡部のシャツの一部を手にしながら、忍足は肩を震わした。

「そうや…、俺は…お前よりも千石を…――」

バァン

忍足を突き倒し、そのまま跡部は部室を出て行った。

床に転がった忍足の手には放さずにいた破けたシャツ。


俺は…千石を――

――
「これで……いいんや、…これで……」

忍足は腕で両目を庇いながら、破けたシャツを握り締めた。





――大切な存在なのに…どうして…離れてしまうのだろうか――


「忍足……俺は……」

シャワーの音が跡部の声を、呟きをかきけした。

お湯を浴びるだけ、浴びながら、跡部は何もしようとはしなかった。

ただ…喪失しつつある心の闇をすべて洗い流したかった。

まだ、冷め切れない想いが静かに跡部を支配する。

何もしなければ、涙が頬を伝っていく。

そう――無意識に。明日から、同級生。ただの…何もない仲間になる。

別れ話は忍足から。決めたのは二人。

話し合いといっても、互いに言うことはなくて。確かに要因は千石だった。

跡部の元彼。身体を重ねるだけの関係だった。

もう跡部にとってはいい想い出だったのに…。

「忍足……俺は…、まだお前を…――」

忍足のことを思うだけで、切なさと愛おしさがこみ上げてくる。

【守りたい】と思った。【悲しませたくない】と思った。

それなのに――それすらも…出来なかった…。



つづく